ピピッ!
COMPから無機質な電子音が響き、作戦開始時刻を知らせる。
ギターフが、腰に帯びていた剣を鞘から抜き払うと夜陰よりも黒い刀身が怪しく月光を反射した。
鋼の刀身に黒曜石の欠片をまぶしたような剣の名は、ダインスレイフー破滅を招く刃ー
ギターフがもっとも頼りにしている魔剣である。
しかし魔剣の常として、ダインスレイフは血を欲する。
より強い敵の血と、使用者の苦痛に満ちた血を・・・
ギターフは魔剣に飲み込まれぬように、一度魔剣を左手に持ち替えて、右手のグローブの裾を噛み、引き下ろした。
ニギニギと指を動かして具合を確かる。
「来たぞ!」
同じ塹壕に隠れていた男がツバをまき散らしながら叫んだ。
慣れた手つきでライフルを構えるとバンバンと景気よくぶっ放し始める。
異様に腹の膨れた子供くらいの体躯の悪魔、ガキが撃たれて次々と倒れていく。
それなりには使うようだが、彼はDBではない。
悪魔どもは、集中砲火を浴びながらも確実に近づいてくる。
「と、トロールだ!トロールがいるぞ!」
隣の塹壕から、悲鳴混じり声が響く。
見上げるような体躯の悪魔がガキの後ろから突進してきた。
強靱な筋肉が銃弾をストップさせているらしく、間接や急所に当てないと牽制にもならないらしい。
BAN!BAN!
ひときわ大きな銃声が響く。
火薬量の多いライフルの射撃。
どうやら銃を得てとするDB、ガンナーがライフルによる精密射撃に切り替えたらしい。
効果は覿面だった。
急所を打ち抜かれたトロールが血しぶきをあげながら倒れていく。
しかし、いかんせん数が多すぎる。
ガンナーが打ち倒したのと反対の左翼側は今にも塹壕に達しようとしていた。
「ラクシャーサ、左翼に突っ込むぞ!」
「承知・・・」
ギターフは仲魔に告げると自身も塹壕から飛び出して駆けだした。
右手でぶら下げるように持っていたダインスレイフから肌を焼くような熱気が生まれる。
魔剣に埋め込まれたフレイミーズの魂が激戦の予感に昂揚しているのだ。
炎の力を解放したダインスレイフは、熱さ1センチの鉄板もなんなく焼き切ってしまう、熱さに弱いトロールなら相性は抜群だ。
ギターフは塹壕に取り付こうとしているトロールの集団の真ん中に飛び込んだ。
魔剣の発する熱気にトロールが一瞬ひるんだ隙を逃さず、ギターフは大きく一歩前に踏み込んだ。
大地を踏みしめながら、走ってきた慣性を腰で回転運動に変換する。
片手で周囲を薙払う。
ドラゴンの尾のような一撃が、トロールを襲う。
肉が焼ける嫌なにおいを振り払うように、ギターフはもう1度、くるりと体を回してトロールたちを薙払った。
二段構えの強烈なスピン攻撃ー大車輪ーで、タフで知られるトロールもどさりと崩れ落ちる。
しかし、斬り伏せたのはせいぜい3体、間合いが遠かったものや後続が、仲間の仇を討たんと迫ってくる。
ギターフが、サッとバックステップで間合いを取ると、
ズドン!!!!!
トロールたちの頭上に跳躍していたラクシャーサが刀を振り下ろしながら落ちてきた。
ーデスバウンドー
比類なき威力を秘めた剣を極めた悪魔の必殺技だ。
トロールの一体がその一撃で脳天から股間まで一刀両断にされる。
トロールがひるんだ隙を逃さず、ラクシャーサは自らの双剣を擦りあわせ100万ボルトにも達する電撃をまき散らした。
ー放電ー
ギターフに殺到しようとしていたトロールはその一撃で全て倒れ伏す。
感電し、ろくに身じろぎも出来ないトロールをラクシャーサと次々と葬ふっていく。
苛烈な生存競争の渦中に身を晒す。
それがかっては万物の霊長と傲っていた人の今の姿だった。
真女神転生イマジン ーメシアなき黎明ー
「ブロブの大量発生?」
新宿バベル、噴水広場の一角で軽い食事をとっていた俺に、仲のよい守衛が持ってきた話はいつもの儲け話とは少し違うようだった。
新宿ドックの一角にブロブやらスライムやら外道族の悪魔が大量に現れ、それをたった一人で殲滅したデビルバスター、DBが山本長官に呼ばれたとのことだった。
雷神の二つ名で知られるミカナギだ。
龍王ナーガラジャと契約し、電撃の破壊魔法に精通するルーキー
新宿バベルに現れたのは最近だが今では古株のDBからも一目おかれるつわものだ。
「ああ、ドックのあの手の悪魔が出るのは毎度のことなんだが、今回のはさすがにダメかと思ったんだがあのミカナギって奴が一人で駆逐しちまったんだ」
興奮を抑えきれないと言った風情の守衛を眺めながら、ふむとギターフは一人ごちた。
外道族のブロブは電撃に弱く、噂のDBミカナギは電撃の扱いに炊けたナーガラジャと契約し自身も相当な破壊魔法の遣い手であるらしい。
悪魔との戦闘でもっとも重視すべきなのは相性である。
とことんまで効率を突き詰めた戦略、戦術を持って挑まなければ人間など抵抗できやしない。
しかし、守衛の話を聞いてみると今回のそれは、相性の問題を覆しかねない物量をねじ伏せたようだ。
話半分としてもミカナギというDBの力は、相当なもののようだ。
「それで長官直々の出頭命令か・・・」
DBとして腕を磨きにバベルにやってきた身としては、後からきたものに抜かれることに忸怩たるものがあったがギターフは何とかそれを飲み込んだ。
が、
「お前も、早く長官にお目通りが叶うといいな」
守衛の最後の一言は気心の知れた仲とは言え、チクリと胸に刺さった。
生まれたホームを出て、新宿にきたのはひとえにDBのライセンスを得るためだった。
屑鉄の山から使えそうな機械部品を掘り出して、雀の涙ほどの給金を得る日々。
偶然見つけたジャンクのアームターミナルを修復し、なけなしの魔貨で悪魔召還プログラムをインストールしたあの日、ギターフは初めて、他人とは違う自己を認識した。
第3ホームでスネークマンに鍛えられ、相棒ともいえる仲魔も幾多の合体を経て、ラクシャーサとなった。
DBのライセンスを得るにはなんらかの功績を残さなければならない。
そのためには、管理機構からの依頼をこなすのが一番手っ取り早いし、依頼を得るためには戦場に立ち名を馳せるしかない。
しかし今の自分はどこまで行っても一兵卒でしかない。
乗り越えることが出来ない壁が目の前にあるかのようだった。
続く